僕がはじめて向井秀徳を聴いたのは、NUMBER GIRLの「鉄風鋭くなって」だった。その頃僕は月島に住んでいて、近くの隅田川べりに出てはよくこの曲を聴いた。夕闇せまる橋の上で、錆臭い川風がすべてを切り裂くように吹き抜けていくイメージが、閉じた自分自身をもバラバラに切り裂いてくれるような気がして、心地よかった。向井の詞と曲にはなにか外側から支配する大きな力というよりはむしろ、いまの僕等の気分の内側に根深くはびこる隙間みたいなものに抗うような感覚があって、しばらく前からヒューズがとんだままどうでもよくなりかけていた僕の心は勇気づけられた。死んだ回路にもロックを感じた。冬の隅田川はいつも灰色だったが、そこに映える夕陽がオレンジ色に波立ってキレイだと思えた───。
6月8日(木)、ついに向井が弁天湯にやって来た。彼の醸し出すクールな雰囲気と観客の温度と銭湯の空間とが化学反応を起こして緊張とも興奮ともつかない熱気が会場を満たしている。18時、女湯の高窓から武蔵野の夕陽が差しこむなか、アンプから最初の音が鳴り響く。NUMBER GIRL時代の名曲「Sentimental Girl's Violent Joke」の冒頭を繰り返して向井が口をひらく。
“え〜、私しきりと個人的に盛り上がってまいりました…”
──会場が沸く。
“マツリスタジオから吉祥寺へ、THIS・IS・向井秀徳!!”
向井が銭湯ライブを楽しんでいる。テンションも高い。しかし、その空トボケた独特のMCとは裏腹にトレードマークの眼鏡の奥から発せられる光は強い。観客も次第にその眼光に感応していく。ライブはZAZEN BOYSとNUMBER GIRLの曲(未発表曲や5年ぶりのレアな演奏曲も含む)を取り混ぜて、会場の熱気も頂点へと登りつめていく。
自分はNUMBER GIRLからZAZEN BOYSへの向井の変化に驚いた一人である。「くりかえされる諸行無常」「よみがえる性的衝動」というキーワードを引き継ぎつつもガラリと音を変えた(あるいは突きつめた)彼の内面に驚きと同時に興味をおぼえた。しかし過去から今へ、そのどちらにも変わらずに貫かれているものがある。それは彼の誠実なまなざしである。向井の眼は幻想ではなく常に現実を捉えている。そして、化石となってしまった紋切り型のロックのように他人や世の中に対して云々する以前に、時には痛いほどの自問自答を自ら繰り返す。そんな彼の求道的な姿勢に、われわれは知らず知らずのうちに魅かれ、共感するのかもしれない。
冷凍都市から猫街へ 響き渡る春猫の声
産声上げたばかりの赤ん坊も繰り返すだろう 諸行無常
ライブ後半の「The Days of NEKOMACHI」「性的少女」「自問自答」のくだりで向井の言葉と叫びが胸になだれ込んでくる。アンコールでは、風呂ロック恒例の「いい湯だな」を珍唱(!?)、そして最後に「KIMOCHI」を熱唱してステージを後にする。
伝えたい 伝えたい
貴様に伝えたい 俺のこのキモチを
今日も大学ノートを片手に、彼はその眼で街を眺めているのだろう。ライブレポート/浅見昌弘